ファミリーロッジ旅籠屋・静岡牧之原店



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静岡県静岡市葵区追手町5-1
1585年徳川家康によって築城され、家康が晩年を送った駿府城あとのあり、現在は石垣の残る市民の憩いの場となっている。


戦国争乱の中、永禄11年(1568)10代氏真は甲斐の武田信玄に攻められて掛川に落ち、駿府の町は焼き払われます。さらに、天正10年(1582)には家康が駿府の武田勢を攻め、再び戦火に遭った中世駿府の町は、ほぼ壊滅状態になりました。

駿河国を領国の一つとした家康は、天正13年(1585)から居城として駿府城の築城を始め、天正17年(1589)に完成させます。現在の二ノ丸以内の部分です。しかし、家康は翌年関白豊臣秀吉の命によって関東に移封(国替え)され、豊臣系の家臣中村一氏(なかむらかずうじ)が城主となります。豊臣秀吉亡き後、関ヶ原の戦いに勝利した家康は、慶長8年(1603)征夷大将軍に任ぜられ江戸幕府を開きました。

慶長10年(1605)将軍職を2代秀忠に譲った家康は、その翌年駿府を「大御所政治」の拠点の地と定めて再び戻ってきました。天正期の駿府城を拡張(三ノ丸)修築し、駿府の町割りや安倍川の治水事業に取りかかり、現在の静岡市の市街地の原型が造られたのです。

そして、家康自らは、晩年も「大御所」として天下の実権を掌握し、駿府は江戸を凌しのぐ政治・経済・文化の中心としてその黄金時代を迎えたのでした。

開館時間:午前9時〜午後4時30分
(※入館は午後4時までとなります)
休館日:月曜日(祝日、休日にあたる場合は休館振替なしで営業)
年末年始(12月29日〜1月3日)
●東名高速 静岡I.Cより車で約17分
●新東名高速 新静岡I.Cより車で約18分
TEL:054-221-1121