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21
2017年
2017.12/8 入院していたわけではありません
2017.12/22 ネットで出会った言葉たち その1 (犬について)
2017.12/25 ネットで出会った言葉たち その2 (人間関係について)
2017.12/26 ネットで出会った言葉たち その3 (差別と多様性について)
2017.12/27  ネットで出会った言葉たち その4 (偉人たちの残した言葉)

2017年12月8日 入院していたわけではありません
なんと、1年ぶりの日記になってしまった。

最近、複数の方から「ブログ(正確にはブログじゃないのですが…)、最近、まったく更新されませんね。」と言われた。
ありがたいことである。
「病気で入院でもされてるんですか?」という声も間接的に聞こえてきた。
さすがに、これじゃイカンと思い、近況をお知らせしておきたいと思います。

更新が滞ってしまった最大の原因は、仕事に追いまくられて、心の余裕がない状態が慢性的に続いているからである。

事業そのものは、相変わらず堅実、着実、順調で、実績や信用は増し、環境は劇的に変わった。
でも、姿勢は20年前と基本何も変えず、ひたすら我が道を行くである。
信頼関係にこだわり、ガラス張りで、時流には乗らず、何も盛らない。

創業以来、私が直接担当していた広報宣伝関連の業務については待望の担当者が決まり、実務は大幅に減った。
そのかわり、経営者としての本来業務に取り組めるようになったのだが、これは魂を削る仕事である。
それに、根が心配性で、理想を追い求める性格なので、限度というものがない。満足するということがない。

そんな中で、かろうじて心を病まないでいられるのは、愛犬たちの存在があるからに違いない。

伸び伸びと生きて欲しいと願い、しつけもしないままだが、ますます甘えん坊になり、いつもこちらを見つめ、そばに寄ってきてくれる。
やんちゃやわがままを含めいつも正直で、裏というものがない。一途である。

もうひとつの救い、それは今も継続しているランニング。
走り始めて10年、月間100kmペースで、フルマラソンにも参加し続けていたが、負担に耐えられなくなりペースダウン。
でも、ここ2年は、月間50km以上のノルマを守っている。

前にも書いたが、走りたくて走ったことは一度もないが、走り終わって後悔したこともない。
人によって走る理由は違うが、私の場合、難しい言い方になるが「自己肯定感を味わうこと」で間違いない。
仲間を誘ったり、近所のジムに入ったり、だましだましである。
なんとかキロ6分ペースで走れるレベルまで戻し、1月のハーフマラソンに備えているところである。

趣味と言えるのはバイク。
還暦祝いに自分にプレゼントしたW800(かおる君)だが、今年初めに発売されたTriumph Bonneville Bobber(カール君)に一目ぼれしてしまい、5年でチェンジ。人生最後の愛車なんて、まったくのウソでした。

40年以上乗ってきて初めての外国製、1200ccもあるけど、とても乗りやすい。
もう一台のNinja250(カエルちゃん)は、サーキット走行用だが、今年は一度しか行けなかった。

もう5年ほど前から吹かなくなったハーモニカ、教室の裏方は続けているが、どんどん上手になっていく皆の演奏を横から見るばかり。

こんな動画
を見ると、無性に吹きたくなる。
なんとか折り合いをつけて、そろそろ再開したいと思っている。

12月に入って、めっきり寒くなってきた。
喉が弱いせいか、タバコを吸い続けているせいか、気温が下がってくると昔はすぐに扁桃腺が腫れ、慢性的な微熱に悩まされていた。
ところが、走るようになってから、その悩みからほぼ解放された。
ひざの痛みも消えてしまったし、ジョギングはお勧めです。

でも眠っている間に顔に降りてくる乾いた冷気は大敵。
そこで、最近はこんなグッズで武装しています。
 
どれも、お気に入り。お勧めできます。

というわけで、病気にもならず、入院もしていません。
もうしばらくは老害と陰口されようが、自分なりの責任を果たすべく、ベストを尽くす所存です。

2017年12月22日 ネットで出会った言葉たち その1 (犬について)

私は、新聞を読む人である。
7年前にも書いたことだが、皆さん、「新聞を読もう!

そんな私でも、半分はネット中毒で、暇さえあれば、その世界をウロウロしている。
所詮、刹那的な好奇心を満たすだけの行為で、断片的なガラクタ情報なのだが、時にはハッとするような珠玉の言葉や文章に出会うこともある。
何回かに分けて、そのいくつかを紹介させていただこうと思います。
まったくもって、私の感性が裸にされてしまうようで恥ずかしかったりしますが、ご賞味ください。
まずは、私が愛してやまない「犬」に関するアレコレから。

大好きなジェシーへ   (引用元

君と家族になった日、僕は「永遠に生きてくれ」と言った。
その後も僕は、君がいなくなってしまうことが怖くて長年この言葉を囁いていたね。
僕の体は、今でも君を散歩に連れていきたくて仕方ないんだ。
玄関に置いてある君のリードも、「散歩に行こうよ!」って語りかけてくる。
今週は雨がずっと降っていたけど、雨が降りやむとつい君の散歩の時間を確認してしまったよ。
それに、クラッカーやポテトチップスを食べる度に、もういない君を探してしまうんだ。
とても静かで、穏やかな性格…。君は、僕にとって最高の犬だった。
変なところにオシッコしたり、誰かに噛みついたことは一度もなかったよね。
普段はまったく吠えないから、たまに吠えると自分の声にビックリするのは面白かったよ。
君は、僕が幸せな時もつらい時もずっと一緒にいてくれた。僕のことをいつも信頼してくれていた。
僕の体重が90kgになってダイエットに励んでいた時も、傍で尻尾を振ってくれていたね。
君は大人しいから、子どもたちがいる場所でも安心できたよ。
老犬になって白髪が増えると、子どもたちから「おばあちゃん」って呼ばれてたよね。
固い食べ物が食べられなくなって、オモチャで遊ぶことができなくなっても、僕は君が大好きだった。
君は最後の瞬間まで、こんな僕を心から信頼してくれたね。
「ごめんよ、永遠になんて生きなくていい。もう楽になってもいいんだよ」って言った僕の言葉にも頷いてくれた。
なんだか、僕の心も君の命と一緒にどこかへ行ってしまった気分だ。
ジェシー、本当に大好きだよ。僕がいつか君のもとへ行く時まで、空の上で待っていてね。

18年間一緒だった愛犬に先立たれた悲しみをつづった手紙だそうです。
私も3年半ほど前に愛犬を失ったので(2014年5月6日 「埋められない穴」、ふたたび)、彼の気持ちは胸が苦しくなるほどわかります。

次は、以下で紹介する短編フィルム中の言葉です。

もし僕が話すことができたら…

あなたと話すことができたらいいな。
(伝えることができなくても)知って欲しいんだ。僕を助けてくれてありがとう。僕を愛してくれてありがとう。
僕たちが一緒に過ごした時間にしたすべてのことを忘れないよ。
僕にしてくれたすべてのことに感謝しているよ。
楽しいことがたくさんあった。
あなたが恋をした瞬間も見て、家族ができた。
いろんな冒険を一緒にしたね。
今でもあの晴れた日のことは覚えているよ。
永遠に走り続けられるような気がした。そして、一緒に天国(空)を見上げたよね。
降り注ぐような星空の下、ずっと眺めたよね。
でも僕は歳を取った。疲れちゃったし、身体のあちこちが痛い。
お別れの時が来たみたいだね。
一緒にいてくれてありがとう。僕は怖くないよ。
僕、あなたが耳をこちょこちょしてくれるのが大好き。
何もかもうまくいくよ。大丈夫。
僕のために悲しんでくれているんだね。あなたと話すことができたらなぁ。
そしたら、伝えることができるのに。ありがとう。僕にしてくれたすべてのことに。
あなたと過ごした日々は、素晴らしい時間だったよ。

まるで最初に紹介した文章へのアンサーメッセージみたいです。
最後は、安楽死のシーンで、胸が詰まります。外国では一般的に行われているようですが、私にはとてもできません。

犬の十戒・・・犬からご主人への10のお願い

1.私の寿命は、10年。長ければ15年。何があっても最後まで、あなたのそばにおいてもらえますか。
   私を飼う前に、どうかそのことをよく考えてください。
2.あなたが私に望んでいることを、ちゃんと分かるようになるまで少し時間をください。
3.私を信頼して下さい......それが何より嬉しいのです。
4.私のことをずっと叱り続けたり、罰として閉じ込めたりしないで下さい。
   あなたには仕事や楽しみもあるし、友達もいるけれど私には....あなたしかいないのです。
5.時には私に話しかけて下さい。
   たとえ、あなたの話す言葉はわからなくても、あなたの声を聞けば、私に何を言ってくれているのか、分かる    のです。
6. 私のことをいつもどんな風に扱っているか、考えてみてください。あなたがしてくれたことを、私は決して忘れません。
7.私を叩く前に思い出して下さい。
   私には、あなたの手の骨など簡単に噛み砕ける歯があるけれど、決してあなたを噛まないようにしているということを。
8. 言うことをきかないとか、手におえないとか、怠け者だと叱る前にそうさせてしまった原因が無かったか、思い起こしてください。
   ちゃんとした食事をさせてもらっていたでしょうか。太陽が照りつけている中に、長い間放っておかれたことはなかったでしょうか。
   老いた私の心臓が弱っているせいで、動けないのかもしれません。
9.私が年老いても、どうか世話をして下さい。私達はお互いに、同じように歳をとるのです。
10. 最期のお別れの時には、どうか私のそばにいてください。
   「つらくて見ていられない」とか「立ち会いたくない」とか、そんなこと、言わないでほしい。
   あなたがそばにいてくれるなら、私は、どんなことも安らかに受け入れます。
  そして、どうぞ忘れないで。私がいつまでもあなたを愛していることを。

あちこちで、色々な訳文が見かけますが、原典はノルウェーのブリーダーが犬の買い手に渡しているものなのだそうです。

最後に、あわせて紹介されていた、犬に関する名言をふたつ。まったく同感です。

一匹の動物も愛したことがなければ、人の魂は眠ったままである

 アナ―トル・フランス (詩人、小説家、批評家、ノーベル文学賞受賞者)

もし、天国に犬がいないなら、僕は死んだら、彼らが行ったところに行きたい

 ウィル・ロジャース (カウボーイ、コメディアン、作家、社会評論家)


2017年12月25日 ネットで出会った言葉たち その2 (人間関係について)

「犬」から一転して、仕事がらみで目に留まった言葉をいくつかご紹介します。
ビジネス本にあふれているような、なんともベタな文章ですが、日頃気にしていることなので見過ごせなかったのです。

すれ違う部下と上司   (引用元

部下のせいにする上司、上司のせいにする部下
わかってくれていると思う上司、わかって欲しいと思う部下
任せていると考える上司、押しつけられたと捉える部下
自分で考えて欲しい上司、具体的に教えて欲しい部下
叱っているつもりの上司、怒られているつもりの部下
うまくいっていると満足な上司、不満がたまっている部下
相手を責めても何も変わらない、どちらが先でもいいから歩み寄る

ボスとリーダーの違い  (引用元

・ボスは部下を追い立てる。
・ボスは権威に頼る。
・ボスは恐怖を吹き込む。
・ボスは私という。
・ボスは時間通りに来いと言う。
・ボスは失敗の責任を負わせる。
・ボスはやり方を胸に秘める。
・ボスは仕事を苦役に変える。
・ボスはやれと言う。


→  リーダーは人を導く。
→  リーダーは志、善意に頼る。
→  リーダーは熱意を吹き込む。
→  リーダーはわれわれという。
→  リーダーは時間前にやってくる。
→  リーダーは黙って失敗を処理する。
→  リーダーはやり方を具体的に教える。
→  リーダーは仕事をゲームに変える。
→  リーダーはやろうと言う。

山本 五十六 の言葉

やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず

元は江戸時代の米沢藩藩主・上杉鷹山の言葉をを改変したものらしいと付記されていました。

以上、いずれの文章も、上司だからといって、頭ごなしに命令したり、怒鳴ったりしてはダメだということを言っているわけですが、「新聞でよく見かけるきれいごとの正論だよ」という気もします。
当事者意識の低い、自分で考えない指示待ちの人間に対して、いつも我慢強く、待ち続けるというわけにもいきません。時には無性に苛立ってしまうのです。 そんなジレンマを抱えている時に見かけたのが、次の言葉です。

あるところに、すぐに怒り出してしまう少年がいました。

父親は彼に釘の入った袋を渡し、怒りが爆発するたびに柵の裏側に釘を打ち付けるように言いました。
初日の終わりには、少年は37本の釘を柵に打ち付けていました。

それから数週間、少年は自分が怒る瞬間を気に留めるようになり、打ち付ける釘の数は少なくなっていきました。

やがて少年は、柵に釘を打ち付けるよりも怒りを制御する方が簡単だということに気付きます。

そしてついに、少年が一度も怒らなかった日がやってきました。
そのことを父親に告げると、これからは怒り出さないよう自分を無事制御できた日に釘を引き抜いていってはどうかと言われました。

月日が経ち、ある日少年は釘を全部抜いたことを父親に伝えました。
父親は息子の手を引いて柵に連れて行きました。
父親は言いました。

よくやった。でも、柵に空いた穴を見てごらん。柵はもう二度と元通りにはならない。
憎しみに溢れた言葉を使うと、その言葉はこんな風に傷を残す。
相手の心を刃で突き刺して、引き抜くようなものなんだ。
どんなに謝ったって、その傷は消えない。
言葉には力がある。覚えておきなさい。

何かを言ってしまったとき、それは許されるかもしれない。
でも、忘れられはしない。

これは、仕事に限らず、すべての人間関係でも言えることかもしれません。 反省。

最後に、「働かされる側?」からの言葉。
アメリカにおけるファストフードの位置づけと、そこで働く人たちの心情が率直に表現されており、なるほど、と思いました。

マクドナルドで4年間働いてわかったこと  (引用元

18歳から22歳までの4年間、私はマクドナルドで働いた。
もっといい仕事を見つけられなかったので、パートタイムとフルタイムで働き続けた。昇進もせずマネージャーにもならなかった。
大きなことを成し遂げたりもしなかった。
基本的に、私は典型的な怠け者のマクドナルド労働者だった。いいかげんで、愚かで、自発的に働こうなんて考えもしなかった。
マクドナルドで働いている人は怠け者、と世の中の人たちも思っていることも実感した。
マクドナルドで働いているんだと伝えると、両親や友達はがっかりした。「まだ、マクドナルドで働いているの?」「私だったら、絶対にあんな所で働かない」といった遠回しな批判や、「今日は仕事に行くのやめなよ(そんなの本物の仕事じゃないじゃない)!」といった彼らなりの励ましから、その事がわかった。
私自身も心の中で同じ様に思っていた。私はひどい労働者だった。動きは遅いし、不器用だし、自分の置かれた状況に腹を立てていた。マクドナルドで働くには、自分は優秀すぎると密かに思っていた。「こんな仕事、本当にくだらない! お金のために仕方なくやっているだけ」といつも自分を正当化していた。読書好きで優秀、知的な会話を楽しむ学生の私は、こんな意味のない肉体労働には向いてないと思っていた。
仕事は一向に上達しなかった。上達したくもなかった。
自分にとって何の意味をない仕事を、わざわざ努力して上達する必要なんてないでしょう?

でも数年が過ぎた頃、私の態度は変わり始めた。
自分の仕事にプライドを持ち始めたのだ。
マクドナルドの仕事は最悪でうんざりする。でも私自身や、友達、家族がマクドナルドで働くことに屈辱を感じていたのは、ハンバーガーを作るのが原因ではなかった。そうじゃなくて、それよりもっといい仕事に就けたはずだったから。

こう自問自答した。マクドナルドと他の仕事は何が違うのだろう? 自分の仕事はなぜ他の仕事よりずっと哀れに思われるんだろう?
大企業だから? そうじゃない。もしそうだったらスターバックスや(ディスカウント百貨店の)ターゲットで働くのだって恥ずかしいはず。
悪質企業っていわれているから? だけどH&MやGapも奴隷労働を批判されているでしょ。
ファストフードだから? でもチポトレ(メキシコ料理のファストフード・チェーン)の仕事には悪い印象はない。
知的な仕事じゃないから? いやいや、小売や受付の仕事は問題ないでしょ。
そして私は気が付いた。
マクドナルドは、他に何もできない人にとっての仕事なんだ。初心者レベルの仕事の採用ですら、私がマクドナルドで一緒に働いてきたような人たちを雇っていない。
マクドナルドでは、障害を持った人、太り過ぎの人、生まれつき魅力的とはいえないような人、英語をあまり喋れない人、十代初めの人、それに多様な人種の人たちが働いていた。彼らがマクドナルドを支えており、最も仕事ができる労働者として尊敬されていた。
これがスターバックスだったら、大半の労働者が私のような人だろう。20代前半の白人、そこそこ魅力的、スリムで英語を話す。
これが、私と私の周りにいる人たちがマクドナルドに対して持っていた偏見だった。
アパレルの仕事をすれば「良い」仕事に就いていることになる。
きちんとした環境で育った人は、努力しても仕事ができないような人たちとマクドナルドで一緒に働いたりはしない。

もしあなたが20代前半の白人女性だったら、マクドナルドで働いたら馬鹿にされる。でも障害を持った人や移民の中年女性にも同じことが当てはまるとは思えない。友達から「いつになったら、本当の仕事に就くの?」なんて笑われたりしない。マクドナルドこそが、彼らにとっての仕事だと私たちは思っているから。
マクドナルドの仕事は最悪でうんざりする。でも私自身や、友達、家族がマクドナルドで働くことに屈辱を感じていたのは、ハンバーガーを作るのが原因ではなかった。そうじゃなくて、それよりもっといい仕事に就けたはずだったから。マクドナルドで一緒に働いていた人たちより、もっと知的で、一生懸命働き、有能なはずだったからだ。「私にはもっとふさわしい仕事がある」。恵まれた環境で育った私は、そんな思い上がった気持ちを持っていた。
小売店で働いたり、受付係としてファイルを整理しているから、自分はマクドナルドで働いている人たちより優秀だと考えているなら、それは間違いだ。
そして私は気が付いた。こんな態度はフライドポテトをすくうよりも最悪だ。私はマクドナルドで働いている人たちより優秀じゃない。
確かに私は、彼らとは違うスキルを持っているかもしれない。私は筋力があるほうではないし、プレッシャーを感じると慌てることもある。だから肉体労働よりデスクワークの方が力を発揮できる。だからといって、マクドナルドの凄い従業員たちより、知的でスキルがあって価値があるということにはならない。
世の中には色々な仕事がある。社会で過小評価されている人たちが就いている仕事は、価値がないものに見られがちだけれど、それは違う。
真夜中にハンバーガーを買いにくるお客さんのために、時には20時間働く同僚ほど私はハードワーカーではない。
マネージャーからエンジニアにも早変わりする同僚ほど賢くもない。全ての機械の修理の仕方を 学んだ彼は、壊れても修理を呼ばずに自分で直してしまう。
一週間に何千人のお客さんが来るかを予測して、材料を注文する人たちほどの計画性もない。もし失敗すれば上司から大目玉を食らうだけでは済まないということを、彼らは知っている。
ケチャップがないというだけで大声を上げたり、ドリンクを投げつけたり、人種差別的な中傷をするお客さんたちもいる。そんな人たちに対処できるほど忍耐強くもない。
これら全てが仕事のスキルなのだ。
小売店で働いたり、受付係としてファイルを整理しているから、自分はマクドナルドで働いている人たちより優秀だと考えているなら、それは間違いだ。
私にとって、マクドナルドで過ごした時間はとても貴重なものだった。
またフライドポテトをすくったり、ハンバーガーを作りたいとは全く思わない。でもそれ以上に大切な何かを学んだ。自分の横柄さを少しずつ減らし始めた。就いている仕事で人の善し悪しを判断することに疑問を持ち始めた。不愉快な大企業で働いているからといって、そこで働く労働者たちにも嫌悪感を抱くのを止めた。そして他人にもっと共感できるようになった。

マクドナルドで働いたことが履歴書の汚点になる?
私はそうは思わない。

2017年12月26日 ネットで出会った言葉たち その3 (差別と多様性について)

何度も書いてきたことですが、私は「BLUES」が好きです。
中学生の頃、ビートルズにはまってロック少年になり、そこからルーツであるブルースに出会ったという流れです。
メロディやリズムも、それまで耳にしていた西洋音楽とは何もかもが異質でショックを受けました。
大げさに言うと、それまでの常識が根底からひっくり返されたような衝撃でした。
正直言って背伸びする感覚もあったのですが、本物のリアリティがあるような気がしました。
しかし、そんな付随的なことはともかく感性に響くものがあったわけで、今も「BLUES」が聞こえてくると心が震えてきます。
そんな音楽に出会えたことは幸せなことです。
残念なことですが、あの頃から50年が経って、もはや狭い意味での「BLUES」は現役の音楽ではなくなってしまいました。
しかし、ごく一部の民俗音楽や伝統音楽を除いて、世界中の音楽のほとんどが「BLUES」の洗礼を受けているように感じます。
もちろん、「BLUES」という音楽は、アメリカの黒人たちの生活の中から生まれたものです。
アフリカから奴隷として拉致され、アメリカの田舎にバラバラに連れて来られた黒人たちが、他の色々な音楽に触れる中でなんとなく生まれてきた音階やリズムや形式が、わずか100年前後で世界中に影響を与える存在になったとは、驚くべきことです。
そんなこんなで、私は、「BLUES」を通して、アメリカの黒人たちに興味を抱き、
驚いたり、あこがれたり、尊敬したり、軽蔑したり、あきれたりしてきました。
ですから、こんな書き込みには反応してしまいます。

続・ももクロとラッツ&スターに捧ぐ:黒人であることが何を意味するか  (引用元

それが意味するのは……いつも目立ってしまうこと(異質だから)。
自分の価値を証明し続けなければならないこと。
個人なのに、黒人という民族全体の代表例と見なされること。
良い部分は喰い物にされ、悪い部分が少しでもあれば貶められること。
誤解されること、信用されないこと。
対等には扱われないこと。
生命が軽視されること。
この日本人ミュージシャンの意図は理解できるが、それでも無礼で無神経だ。
いかに黒人が搾取されるか、いかに他人種が黒人の功績から不当な利益を得るか、の一例に過ぎない。
かつては、白人が顔を黒塗りし、黒人を題材に笑いを取るショーをやっていた。
こうしたショーは、黒人に対する差別や先入観を助長し、ネガティブな黒人像を残した。
そのステレオタイプは、今も健在だ。
黒人文化は、いつもビュッフェのように扱われる。
まるで、気に入ったものだけアップして、残りは無視していいかのように。
黒人には、他人種が信じているようなステレオタイプ以外のあり方が許されないかのように。
件の日本人アーティストがやっていることは、我々への賞賛に見えるかもしれない。
しかし実際には黒人の人間性を奪うものだ。
商品化され、パッケージとして売られる黒人文化。それは悪である。
それによって、我々黒人の存在自体は軽んじられるのだから。

ミンストレルショーのことですね。
「黒人音楽に対する敬意を表しているのだから問題視するほうがおかしい」という意見もあるようですが、それは「差別される人たち」への想像力に欠けているというしかないと思います。
メガネをかけ、出っ歯で、ニヤニヤ笑っている小柄な人間が、カメラを提げて登場するシーンを何度も見たことがあります。
金髪のカツラをかぶり、顔を白く塗った人たちが笑いをとるシーンを見たことはありません。

さらに、率直かつ具体的に述べられているのが、以下の文章です。

在日黒人男性から日本人へのオープンレター  (引用元

日本人の方々へ
私達に暖かく、優しく接してくださり感謝しています。礼儀正しく、自制に重きを置く日本の文化を、私達は尊敬しています。
おバカ、無神経、ナルシスト、イヤな奴…などなど、欠点も少なくない我々外国人男性ですが、私達にも不平不満はあります。
あなた方が自分の行動の影響に無知だと知っているからこそ言わなかったり、あなた方との友情を壊したくないから言えなかったりすることです。
これは、私達黒人が経験するいらだちや不平を並べたリストです。
もちろんあなた達がわざと、悪い意図を持って行っている行為ではないと分かっていますが、極力避けてほしいことです。

1. 人と違うことや、友人とくらべて個性的でありたいがために黒人と友達になったり、恋人関係にならないこと。
2. 英語を教わるために黒人と友達になったり恋人関係にならないこと。仕事として「学校」という場所で英語を教えているプロもいるのです。
3. オバマやボビー、その他あなたが片手で数えられる位しか知らない黒人有名人に似ていると言わないこと。似ていない場合がほとんどです。
4. 黒人が大好きだと訴えてこないこと。黒人の行動や見た目が好きなだけで、黒人自身を好きな訳ではないのでしょう。
   不快な気持ちになります。あなたの目の前に立っている人と、その人の性格と向き合ってください。皆それぞれ違うんだから。
5. 黒人だから良い体型だねとか、強いと言わないこと。この体を作り上げた私の甚大な努力を無碍(むげ)にしないでください。
   あなたも努力したら、違う発言になるかもしれませんよ。
6. 褒めるときに「黒人/外国人だから」と付け足さないこと。説明する程のことでしょうか?
7. 私がマリファナや他の違法ドラッグを好きか、あるいは所持しているか聞かないこと。
   黒人が違法ドラッグを所持していたり、他の違法行為に及んでいると決めつけるのは人種差別です。
   母国でも、白人の子供や警察、セキュリティガード達に同じ質問をされますが、かなり不名誉でストレスが貯まる経験です。
   何千マイルも離れたこの地で同じことを経験するとは!
8. 黒人になりたいと言わないこと。褒め言葉ではありません。
   あなたは黒人ではないし、黒人には一生なれないし、しかも黒人になりたい理由がおバカで子供っぽいことが多い。
   黒人は、内なるリズムやスピリチュアリティを持って生まれた特別な人間ではありません。お願いですから自分のことを愛してください。
9. 自分の人種をおとしめて黒人を褒めないこと。
10. 聞く前から私達の髪の毛をさわらないこと。私達は動物ではありません。
11. 自分の人種をけなしながら黒人男性や女性の体を褒めないこと。気持ち悪いです。自分のことを愛してください。
12. 黒人を魅了するために黒人の女性をマネしないこと。黒人の女性が好みだったら、そもそもあなたを選びません。
13. ラップできると決めつけないこと。黒人皆に同じ才能がある訳ではありません。
14. バスケットボールがうまいと決めつけないこと。理由は上記。
15. ダンスがうまいと決めつけないこと。理由は上記。
16. 黒人や黒人の体のフェチにならないこと。それはモノ扱いだし、人種差別です。黒人はモノではなく、人です。
17. あなた方が「ブラックカルチャー」や「B系」と呼ぶものは、黒人文化のごく一部です。他の名前をつけた方がいいかもしれませんね。
   世界中の黒人の過半数は、それらと関わりがない生活を送っています。
18. 友達にいいよと言われても、ニガーと言わないこと。ダメなものはダメ。ある日、大変なことになりますよ。
19. 黒人の見た目や肌の色で国籍を決めつけないこと(アメリカ、ジャマイカ、アフリカしか知らないようですが)。
   黒人は世界中どこにでもいます。
20. 好みのタイプが黒人は皆同じだと決めつけないこと。
21. 黒人は貧乏だと決めつけないこと。あなたが無知なだけ。テレビを消して。
22. アフリカ人は皆飢餓で苦しみ、救いを求めていると決めつけないこと。あなたが無知なだけ。
23. 黒人は全員、異性愛者だと決めつけないこと。
24. 黒人はセックス好きと決めつけないこと。テレビを消して。
25. 黒人は強姦魔と決めつけないこと。テレビを消してください。
26. 他の人とくらべて黒人はHIVや他の性感染症や病気を持っている可能性が高いと決めつけないこと。
   本当にお願いだからテレビを消してくれ!
27. 公共浴場で黒人のペニスをジロジロ見ないでください。何も見るものはありません。
28. 黒人は皆ペニスが大きいと決めつけないこと。ガッカリしますよ。
29. 「試してみたい」「どんな感じか知りたい」ために黒人と付き合わないこと。
   流行ファッションみたいに、飽きたらポイっと捨てて新しいモノへ走るのはわかっています。
30. アフリカを国とみなしたり、アフリカ大陸と国との対比をしないこと(例:アフリカと日本の対比など)。
   アフリカ大陸には54ヵ国と2000以上の民族と言語が存在します。あなたが無知なだけ。
31. 黒人と繋がるために「Dope(ドープ)」「Swag(スワグ)」「Gangsta(ギャングスタ)」等の言葉を使わないこと。
   黒人全員がその言葉を理解するわけでも、同じ言葉を喋るわけではありません。
32. 音楽の趣味を決めつけないこと。黒人全員がヒップホップ、R&Bやレゲエを好きなわけではありません。
33. 単一的な「黒人」の見た目はありません。肌の色も体の部位も多様です。
34. あなたが黒人に似せるためにブレイズをしたり、アフロやスパイラルにしたり、頭におしゃれな布を巻いたりしても、
   黒人に似ているとは思いません。
35. 黒人の唇、肌の色、髪の毛やその他 黒人の体の部位をネタにして笑わないでこと。
   失礼だし、究極にガキです。しかも、あなたがどれだけ世界のことに無知か知らしめているだけですよ。
36. 黒人の肌の色をチョコレートやその他の黒っぽいモノに例えないこと。 ?

これは攻撃ではなく、あなた方と私達がもっとお互いを理解し、友情を深めるための情報です。
私達が過剰に反応しているのではなく、これは、黒人がずっと否定されてきた部分を尊重してもらうためのものなのです。
私達の多くは、これらを経験して気分を害しても、これが普通だと受け入れるしかないのです。
上記の多く(そしてもっと酷い場合も多い)は、黒人が少数派である国や人種差別がはびこる国でも同じように経験されているものです。
日本の方々、この情報を黒人の知人がいる人や、「ブラックカルチャー」に没頭している友人にシェアしてください。
「アプリシエーション(感謝)」と「アプロプリエーション(私有化)」の違い、「愛」と「フェチ」の違いを理解してください。

ダイバーシティとか、多様性ということが言われます。
耳ざわりの良い言葉かもしれませんが、立ち止まって、自分の心の中をじっくりと覗いてみる必要があります。
自分と違う人に対して違和感や警戒心を抱くのは自然な反応です。誰でも、アイデンティティを保てなければ、心のバランスを失ってしまいます。
それを防いでいるのが、ある種の共通の価値観を持つ集団に帰属しているという安心感なのだと思います。
ですから、我々は排他的な感情から逃れられません。差別意識を持たない人などいない、私はそう考えています。

でも一方で、差別されるのもイヤだし、差別する人間でもいたくないと心底思います。

こうした矛盾をどう消化すれば良いのか。そんな時に出会ったのが、以下の文章です。
ある質問に対する答えとしてネット上に書き込まれたものです。心を打たれました。

弱者を抹殺する。  (引用元

不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければと思います。
自然界では弱肉強食という単語通り、弱い者が強い者に捕食される。でも人間の社会では何故それが行われないのでしょうか?
文明が開かれた頃は、種族同士の争いが行われ、弱い者は殺されて行きました。
ですが、今日の社会では弱者を税金だのなんだので、生かしてます。
優れた遺伝子が生き残るのが自然の摂理ではないのですか。今の人間社会は理に適ってないのではないでしょうか。
人権などの話を出すのは今回はお控え頂ければと思います。


え〜っと、、、よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません。
弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません。
虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています。

自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です。
個体レベルでは、最終的に全ての個体が「喰われ」ます。全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ、必ず死にます。
個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません。
ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それはほとんど大した違いは無く、どっちでもいいことです。

種レベルでは「適者生存」です。

この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません。
「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです(「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意)。
そして自然というものの特徴は、「無限と言っていいほどの環境適応のやり方がある」ということです。
必ずしも活発なものが残るとは限らず、ナマケモノや深海生物のように極端に代謝を落とした生存戦略もあります。
多産なもの少産なもの、速いもの遅いもの、強いもの弱いもの、大きいもの小さいもの、、、、
あらゆる形態の生物が存在することは御存じの通り。「適応」してさえいれば、強かろうが弱かろうが関係無いんです。

そして「適者生存」の意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味である以上、ある特定の個体が外敵に喰われようがどうしようが関係ないんです。
10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体と、1年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体とでは、後者の方がより「適者」として「生存」したことになります。
「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります。

人間の生存戦略は、、、、「社会性」。

高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する。
個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる”弱者”です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です。
どれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の”弱者”を生かすことが出来るかは、その社会の持つ力に比例します。
人類は文明を発展させることで、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました。
生物の生存戦略としては大成功でしょう。
(生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません)
「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ。

あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です。遺伝子によって発現されるどういう”形質”が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です。
例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません。
だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです。
(「生まれつき目が見えないことが、どういう状況で有利になるのか?」という質問をしないでくださいね。それこそ誰にも読めないことなんです。
自然とは、無数の可能性の塊であって、全てを計算しきるのは神ならぬ人間には不可能ですから)

アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね。
ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです。
その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです。
だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、
と答えるんです。
「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです。

我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです。


2017年12月27日 ネットで出会った言葉たち その4 (偉人たちの残した言葉)

1年ぶりに日記が更新されたら、今度は立て続け、と言われてしまったが、4日連続できょうも。
「ネットで出会った言葉たち」の最後は、有名人の残した言葉です。。

クラーク博士の別れの言葉

Bots, be ambitious Like this old man! Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement, not for that evanescent thing which men call fame, Be ambicious for the attainment of all a man ought to be.
少年よ、この老人のように大志を抱け!
金や私欲のためではなく、名声などと呼ばれる空しいものでもなく、人間として当然持つべきもののために大志を抱け。

「少年よ、大志を抱け!」という言葉は、広く知られているが、 これは明治9年に札幌農学校(現在の北海道大学の前身) に教頭として招かれた
クラーク博士が9ヶ月間の滞在を終えてアメリカに帰国する際に残した言葉とされている。
「大志を抱け!」に続く言葉があったらしいということで、紹介してみました。
なんにせよ、当時は教える人間にも、教わる人間たちにも、熱い思いがあったのですね。
こういうの、大好きです。

吉田茂の防衛大一期生卒業式での訓辞

君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。
きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。
しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。
言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。
どうか、耐えてもらいたい。

若い人たちのためにあえて解説するが、吉田茂は、昭和20年代の首相であり、敗戦後の日本の針路を定めた人物としてあまりにも有名な人物だ。
ちなみに元首相で現財務大臣の麻生太郎は孫にあたる。

1957年(昭和32年)2月、卒業式での訓示として知られていますが、実際は、一部の卒業生を自宅に招いて語った言葉というのが事実のようです。
いずれにしても、含蓄のある、リーダーらしい言葉として、心に響きました。

田中正造の言葉

いにしえの治水は地勢による。
あたかも山水の画を見るごとし。
しかるに今の治水はこれに反し、定規をもって経(たて)の筋を引くごとし。
山にも岡にもとんちゃくなく、真直に直角につくる。
治水は造るものにあらず。
我々はただ山を愛し、川を愛するのみ。
いわんや人類をや。
これ治水の大要なり。
真の文明は山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さざるべし。

田中正造は足尾銅山からの鉱毒に苦しむ人々を守るために命がけの活動を行った明治時代の政治家。
明治天皇へ直訴したことでも有名。
彼のすばらしい言葉です。


 

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